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明日は明日の風が吹く

無味無臭・人の記憶に残らないをモットーに人間関係の荒波をいきていく30も半ばを過ぎた私の鬱日記

一人でご飯を食べることに対する恐怖とは

もともとうら若き20代の独身時代から一人でランチもへっちゃらであった私。

オンナも30も半ばを過ぎるとみんな、ひとりごはんぐらいできるようになるものだと思っていたのだがそうでもないらしい。

 

一人でご飯を食べることがあると話すやいなや

憐みの目を向けられることになるとは。

 

友達か家族か一緒にいないとお外でゴハンなんて食べないでショ。

食事が来るまでの待ってる間なにしているの?

 

って、ぼんやりしてまんがな。

ショウガ焼き頼んだけどやっぱサバ味噌の方が良かったかななんて

ぼんやりなながらどうでもいいこと考えてまんがな。

 

良い大人になって一人でご飯も食べられないの?

って私も密かに相手に憐みの目を向けているわけだから同じ土俵でスモウはとっている。

 

一人ゴハンができない女子は「一人でご飯を食べている自分」が孤独だと思われることへの恐怖をもっているに違いない。人から孤独だと思われることが耐えられないのかも。

 

いくらランチ友達がいても彼氏がいても家族がいても結局人って孤独なんだけどね。

 

とは決して言わないけれど私の中では揺るぎない事実。

だからこそ人は人と繋がりたがるのもまた事実。

誰とご飯を食べたって食べなくたって独りで食べたってべつにいい。

 

金子みすず(神)方式。みんなちがってみんないい。

いいのだ。独りでご飯が食べられても食べられなくても。

 

独りでご飯が食べられない>独りごはんへっちゃら☆

 

憐みの目を向けるということは自分が上位にいると思っての事であるから

腹が立ったんだな「そんなん私出来ない」とか言われて。

 

ふむ。不特定多数にアイツ孤独だよ。と思われるのは怖くないが

(独りでご飯を食べたところで孤独だなんて思われないばかりか周りの見ず知らずの方は私という存在を知覚することすらないだろう)

 

知人に勝手に上に立たれ憐れまれるのは我慢できない私。

 

我慢が出来ないからって”無味無臭・人の記憶に残らない”ことをモットーに生きている私にできることは結局憐みかえすことだけなんだけどね、こっそりと心の中でだけ。

もしくは言われて嫌だったこと&相手の存在までも『なかったことBOX』に入れちゃうか。

 

とんだチキン野郎だ。って話に落ち着いたのかしらこれは。