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明日は明日の風が吹く

無味無臭・人の記憶に残らないをモットーに人間関係の荒波をいきていく30も半ばを過ぎた私の鬱日記

この世から子供が泣く場所が消滅することについて

トピック「育児」について

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すでに沈静化しつつある

堀江氏のツイートからの一連のあれやこれや。

 

自分の子供も小学生となり

公の場で泣きわめく事もなくなったので

 

自分のことと直結して捉えられる話題ではなかったために

ふうん。と客観視していたように思う。

 

子供が自分の世界を持ち。親からも離れていく時期に差し掛かった今

乳幼児の育児に関しては遥か昔の薄ボンヤリとした記憶しかなかったりする。

喉元過ぎれば熱さ忘るるの諺の通りに。

 

と、書いてみたのだが、ちょっと嘘をついている私は。

 

乳幼児の育児があまりに辛かったがために

自分の記憶に蓋をしている今でも。

 

薄らぼんやりとしか思い出せないように。

曖昧に曖昧に。思い出さないように。

 

電車でもバスでも子供は泣いた。

飛行機でも泣いた。飛行機ではしまいに吐いた。

 

親の私が声をあげて泣きたい程だった。

泣くわけにはいかない。平身低頭して謝り倒した。

 

家に帰ってから子供と一緒に泣いた。

 

なるべく車で移動したが

公共交通機関に乗り合わせたときは

隣り合う人に最初に謝っておいた。

 

隣合わせる人は寛容に接してくれたが(THE根回し)

斜め前ぐらいから舌打ちされたこともある。

 

死にたくなった。

 

泣いている子供をスーパーから連れ出そうと抱えたときは

見ず知らずのおじさんから

 

「虐待するな」「通報するぞ」

 

と怒鳴られたこともある。

 

死にたくなった。

 

自分がインフルエンザで寝込んだ時にSOSコールを入れた

旦那の携帯がつながらなかった時は

 

もうこのまま本当に死ぬのかと思った。

 

色々と育児に関しては死線を潜り抜けてここまで来た。

精神状態はかなり危うかったと思う。

 

公園で子供が泣いた時には

 

「公園で子供を泣かせないで」

「犬の鳴き声だってうるさいと言われるんだから」

「子供も公園では泣かせないように」

 

と飼い犬を連れたおばさんに言われて驚愕したこともある。

 

もう、この世には子供が泣いて良い場所などない。

 

実際、子供の声(特に泣き声)は騒音だと思うので

舌打ちする自由だってある。とは思うの。

 

親は死にたくなったりするがそれは親の問題。

 

子供を育てる事自体

世間から舌打ちされつつ小さくなって目立たぬよう迷惑かけぬようにと

こっそりと行う物になりつつある。

 

そう、育児していると常に世間から舌打ちされている感はつきまとうんだよね。

被害妄想かな。

 

実際に舌打ちされても

ああやっぱりという感じで覚悟はできているのかも。

 

舌打ちする自由もあるので、その代わりと言ってはアレなんだけど

いけないことをしている子供に注意してあげて欲しい。

 

悪いことは悪い。いけないことはいけない。

と他人の子供に怒ってあげる大人がいてほしい。

 

近所のおじさんからコラーって言われることもないんだよね

今の子供って。他人から怒られ慣れていない。

 

もしかしたら自分の親からも怒られ慣れていない子供も多いかもしれないので

 

他人の子供を怒った時に

その親から舌打ちされる可能性も

大いにあるというのが恐ろしい世の中になったものよのうと思う。

 

でも子供を免罪符にして好き勝手するような親は本当に一握り。

 

今舌打ちされつつ必死に育児を行っている親御さんたち

いつかは楽になりますよ。

 

あまりに辛い記憶が喉元過ぎても熱さ忘るることもなく

辛い記憶のままくすぶり続けることはありますが

 

頑張っているのを見ていて手助けしてくれる人もいる。

電車やバスで泣いた子供をあやしてくれる人もいる。

 

育児なんて何が正解かわからないけど

舌打ちされても、死なないで。

 

死なずにずいぶん楽になった今だから本当に伝えたい事でした。