明日は明日の風が吹く

無味無臭・人の記憶に残らないをモットーに人間関係の荒波をいきていく30も半ばを過ぎた私の鬱日記

ちょっとした懺悔

のらりくらり。のんべんだらりん。どうでもいいことを書くつもりで始めたブログです。

泣く子供と舌打ちの件で書いた記事を読んで読者登録して下さった方(ありがとうございます!!)もしも育児ブログだと思ってらっしゃったらそっと登録を外していただいても良いかもしれません。育児メインではなくどうでもいいことしか綴れないブログです。

 

育児メインではないのですが昨日この2つの記事と出会ったのでもう少し育児の話を。 

一人の時間をください - 仕事は母ちゃん

 私も殺意を抱いたことはあります。夫にではなく、子供にです

 

こちらのブログに書かれていた子供への殺意。

私も抱いたことがあるということをここに懺悔します。

そして上記の「一人の時間をください」の記事について言及されているのがこちら

 

殺すという言葉の意味 - 目標は商店街をつくる事なんです。

ひとつの例えとして使う言葉でも無いと思っています

 「殺す」という言葉を使ったのには、それなりの意味があるのでしょう。

どのような思いがあったとしても「殺す」という言葉は使うべきではない

 

 こちらの方は「殺す」という言葉は使うべきではないとおっしゃっています。

全面的に同意です。私も普段から使っておりません。身近な死も体験しています。「死」にどれほどの痛みが伴うかも知っています。

 

しかしながら上記に「私も子供に殺意を持ったことがある」と懺悔したのは

「殺意おぼえそうに育児大変」と例えとして使ったわけでもなく

「泣き止まなくてさー殺意をおぼえたよーww」というノリでもなく

 

よくニュースで見る「虐待」や「心中」と地続きのものです。

育児をしていてふと魔が射す瞬間があるのです。

「ベランダから母親が乳児を放り出す」というニュースが他人事ではないのです。

1歩間違っていたら自分がそうしていたのかもしれないという恐怖。

私が子供を「叩かない育児」で育てたのは、いつか怒り狂って感情のままに殴ってしまうかもしれない。という恐怖心からです。

 

病院にかかったらいわゆる産後うつ育児ノイローゼという分類をされる精神状態なのかもしれません(産後うつなんかは母親の5人に1人とも言われています)

 

実際このような精神状態に陥った事のある母親は結構多いのではないかと思います。

虐待は他人事ではないと母親同士で語り合ったこともあります。

 

勿論常に安定した精神状態で穏やかに優しく子供を育てるのが理想でしょう。

母親に殺意を持たれた我が子は可哀想ですね。

それが正論だということは私もよく分かっています。

 

一度も殺意を覚えたことのない母親からは

「私はそんなの思ったことないよ」と言われて(勝手に。しかし)徹底的に追い詰められました。

 

夫は私が「子供を殺してしまうかもしれない。」と思った事は知りません。

一番身近な人間に非難されるのが怖くて言えませんでした。

夫は一生知らないと思います。