【本当にあった怖い?話】彼は視える人、私は視えない人、そして彼は。
みたことがあるか、ないか。
と聞かれたら私は一度も視たことがない。と答えるのは霊的なモノが視えるのか否かの話で、残念ながら私は一度もそれらを視たことがない。
なのでこれは私の身近にいた「視える」人のお話。
彼は私の元上司でいわゆる「視える」人であった。
マッチョな人で(思想ではなく体が)男は筋肉こそあってナンボと公言して憚らずにさらに俺の前に落ちない女はいないと口に出して言ってしまうような痛い人で、私は何度「ここにいますけど」と言いかけたかわからない。上司でなかったら頭をハリセンでぶん殴りたくなるような、とても可愛らしい方だったのだけど、ここでその話は関係がなかったです。元気にしているかな、今もかわらずマッチョかしら。
そう、その彼が、業務時間中にもかかわらず私に向かって
「事務所の玄関に女の子がいる」
と囁いてきた。
私は急ぎの事務処理の途中だったのだけど、手を止めて幽かに深呼吸してから彼に向き合い「ちょっと今急ぎの仕事の最中です」と笑顔で伝える。最後に「怖いんで、やめて下さい」と付けるのも忘れない。最大限のサービス。彼は「視える」人だから。どんな女も落としてきたというのは信用しないけれど彼が「視える」というのは信用していた。だから、一応怖い。というのも本当。怖いし本当にやめて欲しかったのだけど、彼は私の仕事が一通り終わるのを待っている間に何度も事務所と玄関の往復をしていた。そして逐一報告。
「まだいる」
「隅っこに立ってる」
「小学生ぐらいかな?」
「誰かを待ってる」
彼のことを男性として見たことはないが愛嬌のある方だったのでマッチョ至上主義という偏った思考も含めて人間的にはとても好きで仕事がひと段落ついて私は改めてハリセンを大きく振りかぶり突っ込むことにする。誰を待ってんだよボケ!!!怖ええんだよボケ!!!
「誰を待っているんですか」
そして出た名前は思いがけず私の後輩の男の子の名前だった。
「たぶん、アイツ。間違いない」
「アイツがどこかから連れて帰ってきた」
上司の彼がいうには得意先のご家族とすぐに仲良くなってしまう天真爛漫な私の後輩のアイツは得意先のお子さんに懐かれることも多く、そうやって子供と遊んでいた所を羨ましがってついてきてしまったのではないかと。総じてそういう話であった。
「あまり悪いモノではないと思う」
「害はないと思う」
とも言ったうえで
「アイツが帰ってくるのを待ってる」
「一緒について(憑いて!?)帰るつもりじゃないかな」
とまあ、本人のいない所でお持ち帰り、いや、お持ち帰られ宣言までしているのだけれどいかんせん私は視えないし感じないので、彼の言うことを信じるしかない。悪いモノではないと思うという推測を。そして後輩の彼が外回りから事務所に帰ってくるのを待たずに、帰宅する私に言った一言を。
「まだ玄関にいるけど
なるべく目はあわせないように」
うえええええええええええええん。怖いってばよ。
コクコクと真顔で頷き、いや、そもそも、視えないからどのあたりを見たら目が合うのかわからないんですけどどどどど。思いっきり動揺する私。帰宅直前に、後輩君は大丈夫であろうか、と一応聞いてみる。
「アイツもきっと視えないし悪さはしないからしばらく様子見とく」
もう、私にできることなど何もない。
私は無力感を抱きしめながらも半ばスキップするようにコンパへの道を急いだ。
そして、翌日。
げっそりとやつれて顔色悪く目の下に隈を作って憔悴しきった後輩君。
は、おらず。
いつものように人当たり良く笑顔をふりまく天真爛漫の彼がいてホッとする。
もしかしたら視えたというのも上司の気のせいではないだろうか。それでも気にはなって、いつもよりも後輩の彼を注視していたように思う。いつもだったら、全く気が付かなかったのだろうけど、後輩の彼は何故かやたらに耳を気にしていた。触ったり。軽く叩いたり。そして首を軽く傾げたり。まるでプールの水が入ってしまった小学生のように。
触る、叩く、首をかしげる。
を何セットか見て、ちょっと、おかしいのではないかと思って私はそろりと後輩の彼に近づいて「どうしたの」と聞いてみる。
聞かなければ良かったのかもしれない。
上司の気のせいにしておけばよかったのかもしれない。
上司の彼は視える人。私は視えない人。
後輩の彼は「どうしたの」という私の問いに笑顔で答える。
「昨日からね、ずっと
小さな女の子の笑い声と『遊んで』って声が聞こえるんですよね」
空耳ッスよね。とほほ笑む彼に私は戦慄する。
上司の彼は視える人。私は視えない人。
そして後輩の彼は「聴こえる人」であった。